2008年12月 5日 (金)

まことの平安、幸せ

③ー182 イエスとのチャネル

**** 人は物的な貧しさの中で、どれほど苦しみ、哀しみを味わっているか分からないのです。

人々が、本当の豊かさ、平和、自由と言うものが何であるかを知るまでは、やはり物的な貧しさは、大きな苦しみのひとつでありましょう。人々はそこから抜け出すことを、しきりに考えて止まないのです。そこから抜け出しさえすれば平和になれる、幸せになれると思っているのです。

**ほとんどの人は、そのために働き、学び、そのことにこそ戦ってやみません。そして、いつまでたっても、本当の平安は得られず、心からの幸せはないのです。

いつまでたっても、本当の平安は得られず、心からの幸せはないのです。

いつまでたっても、さらにさらにと求めてやまないのです。

さらにさらにと求めてやまないのです。

まことの平安、幸せと言うものが何であるかに気付いていないからなのです。

人々が、たった今というこの時に、すべての者にとっての最良の場、最高の時があることに気付き、満足していくならば、それ以上の苦しみも、争いも無くなってまいりましょう。

多くの人々の中には、たまにはそのように、自分のいま居る場所、状況をあるがままに受け入れ、満足している者がいるものです。そのような人の生きる姿は、まるでゆるぎなく、悠然として、大きな岩、あるいは雄大な山を見るような思いがすることでしょう。

すべてものを、大きく深く、そのふところに抱えこみ、見る者をほっとさせずにはいられないのです。

そうなれば、もはや人々はあくせくと、あらゆる事柄に向けて頑張ることさえも、要らなくなってしまうのです。

(地上の)人々は、まだ(霊的に)若い、あらゆることに怒りやすく、燃えやすい。

それも今はまだ、(地上で輪廻する)人々にとって、必要なことがらであると言えましょう。

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2008年12月 4日 (木)

ひとりNGO

山田征さん ひとりNGO

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負いきれない荷

③ー176

私イエスは、                          すべての者、すべての人々に対して、絶えず語りかけている者なのです。

その声を聞く者、感じるものは、まれです。たとえ人は感じたとしても、それを私イエスだとは思わないのです。

語りかける私は、その人その人の特質、その者の魂の個性に合わせて行っているのです。

まだ(意識的・波動的に)幼い者に、大人としての要求は致しません。すでに大きく成長いたしました者には、幼子であるかのような扱いは致しません。

神は                                「その人の負いきれない荷は差し出されない」     と言うことです。

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③ー179

さあ、目をあげて、あなたを囲むさわやかな緑の色彩を見て下さい。何と目に優しい色でしょうか。

神は、この自然界の中にあって、このやさしい緑色を、とても沢山人々の前に置かれました。

人々が、やさしくそれを眺めますように、心も眼(マナコ)も、その緑色の安らぎを得ますようにとお考えになられたのです。

しばらく休むといたします     いえす

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2008年12月 3日 (水)

ヤドカリハウス コンサート 12月2日

ヤドカリハウスコンサートが催されました。

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