まことの平安、幸せ
③ー182 イエスとのチャネル
**** 人は物的な貧しさの中で、どれほど苦しみ、哀しみを味わっているか分からないのです。
人々が、本当の豊かさ、平和、自由と言うものが何であるかを知るまでは、やはり物的な貧しさは、大きな苦しみのひとつでありましょう。人々はそこから抜け出すことを、しきりに考えて止まないのです。そこから抜け出しさえすれば平和になれる、幸せになれると思っているのです。
**ほとんどの人は、そのために働き、学び、そのことにこそ戦ってやみません。そして、いつまでたっても、本当の平安は得られず、心からの幸せはないのです。
いつまでたっても、本当の平安は得られず、心からの幸せはないのです。
いつまでたっても、さらにさらにと求めてやまないのです。
さらにさらにと求めてやまないのです。
まことの平安、幸せと言うものが何であるかに気付いていないからなのです。
人々が、たった今というこの時に、すべての者にとっての最良の場、最高の時があることに気付き、満足していくならば、それ以上の苦しみも、争いも無くなってまいりましょう。
多くの人々の中には、たまにはそのように、自分のいま居る場所、状況をあるがままに受け入れ、満足している者がいるものです。そのような人の生きる姿は、まるでゆるぎなく、悠然として、大きな岩、あるいは雄大な山を見るような思いがすることでしょう。
すべてものを、大きく深く、そのふところに抱えこみ、見る者をほっとさせずにはいられないのです。
そうなれば、もはや人々はあくせくと、あらゆる事柄に向けて頑張ることさえも、要らなくなってしまうのです。
(地上の)人々は、まだ(霊的に)若い、あらゆることに怒りやすく、燃えやすい。
それも今はまだ、(地上で輪廻する)人々にとって、必要なことがらであると言えましょう。
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